大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)26号 判決

原告

越山康

被告

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

川崎実

右指定代理人

沼田寛

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  平成二年二月一八日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)の東京都第三区における選挙を無効とする。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成二年二月一八日施行された本件選挙の東京都第三区(以下「東京三区」という。なお、他の選挙区の表記についても、これに準ずる。)における選挙人である。

2  本件選挙は、公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下「公選法」という。)について、公職選挙法の一部を改正する法律(昭和六一年法律第六七号。以下「昭和六一年改正法」という。)により改正された衆議院議員定数配分規定(同法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし一〇項。以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行されたものである。

3  右の法改正は、改正前の衆議院議員定数配分規定(昭和五〇年法律第六三号により改正された公選法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項。以下「旧議員定数配分規定」という。)が、昭和六〇年七月一七日最高裁判所大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁(以下「六〇年大法廷判決」という。)によって、昭和五八年一二月一八日施行された衆議院議員総選挙(以下「昭和五八年選挙」という。)当時において憲法の選挙権の平等の要求に反し全体として違憲と断定されたことに対応して行われたものである。

4  そして、右改正の趣旨は、当面の暫定措置として、議員一人当たりの人口較差が特に著しい選挙区について、定数の増員、減員及び選挙区の区域の変更により是正を行おうとするものであり、その内容の要旨は、当分の間、議員定数について、北海道一区、埼玉二区及び四区、千葉一区及び四区、東京一一区、神奈川三区、大阪三区の八選挙区において各一名増員するとともに、秋田二区、山形二区、新潟二区及び四区、石川二区、兵庫五区、鹿児島三区の七選挙区において各一名を減員し、選挙区の区域について、秋田、愛媛、大分の三県において隣接選挙区との境界変更により二人区を解消することとし、これにより、衆議院議員の総定数は、当分の間一人増員して五一二人となり、また、選挙区別議員一人当たりの人口の最高と最低の較差は、三倍未満となるというものである。

5  本件議員定数配分規定は、次のような理由(その主張の詳細は、別紙原告の主張記載のとおりである。)により、違憲、無効なものである。すなわち、右の改正内容は、たとえば、昭和六〇年一〇月一日実施の国勢調査(以下「昭和六〇年国勢調査」という。)の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対2.99(長野三区と神奈川四区)であることを容認し、かつ、選挙区相互間にいわゆる逆転現象(人口の多い選挙区の議員数が人口の少ない選挙区の議員数よりも少い状態)が多数存置するなど、未だ憲法の選挙権の平等の要求を満たすまでに至っておらず、しかも、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対3.18(宮崎二区と神奈川四区)に拡大し、逆転現象もさらに多数生ずるに至っていた。

6  このように憲法の選挙権の平等の要求を満たしていない本件定数配分規定は違憲であり、これに基づく本件選挙は、無効であるから、本件選挙の東京三区における選挙を無効とする旨の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5の事実中、昭和六〇年国勢調査の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対2.99(長野三区と神奈川四区)であることは認め、その余は争う。

3  本件議員定数配分規定は、その改正当時及び本件選挙当時において、憲法に違反するものではないから、これに基づいて平成二年二月一八日施行された本件選挙について無効とされるべき理由はない(なお、その主張の詳細は、別紙被告の主張(一)ないし(三)記載のとおりである。)。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

2  同5の事実中、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査の人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差が一対2.99(長野三区と神奈川四区)であること、選挙区相互間に逆転現象が存置されていること、本件選挙当時、議員一人当たりの選挙人数の最大較差が一対3.18(宮崎二区と神奈川四区)であったことは当事者間に争いがない。

3  〈証拠〉によれば、昭和六〇年国勢調査の人口(確定値)による衆議院の選挙区別の人口、定数、議員一人当りの人口は、別表「衆議院の選挙区別人口・定数・議員一人当たり人口」記載のとおりであり、本件議員定数配分規定によると右確定人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差が一対2.993(長野三区と神奈川四区)であることが認められる。

二選挙権の平等と国会裁量権

1  憲法は、国会を構成する衆議院及び参議院の議員を選挙する国民の権利(選挙権)について、選挙人資格における差別を禁止する(四四条但書)とともに、選挙権の内容(投票価値)の平等をも要求している(一四条一項)ものと解されるところ、憲法は、国会の両議員の議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は、立法政策上の問題として原則的に国会の裁量に委ねている(四三条二項、四七条)。したがって、右選挙制度の具体的決定に当たっては、右の投票価値の平等は、憲法上、唯一、絶対の基準ではなく、そのほか国会が正当に考慮し得る政策目的ないし理由を勘案しながら調和的にこれを実現することが要請されているものと解される。

2  ところで、衆議院議員の選挙制度においては、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されているが、これは候補者と地域住民との密接な関係を考慮するとともに、選挙人の多数の意見の反映を確保しながら、小数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめるとの趣旨によるものと解される。したがって、中選挙区単記投票制の下における選挙区割と議員定数配分を決定するに当たっては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるが、それが唯一、絶対の基準ではなく、そのほかにも考慮すべき要素として、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、都道府県、市町村等の行政区画、地形、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情等の地理的状況等の諸般の事情が存在するうえ、人口の都市集中化これに伴う地方の過疎化の現象等の不断に生ずる社会情勢の変化を政治における安定の要素をも考慮しながら、これらを選挙区割及び議員定数配分に調和的に反映させることも考慮すべき要素の一つである。そして、これらの複雑かつ多様な考慮事情をどのように選挙制度の具体的決定において反映させるかは、憲法が要求する投票価値の平等を基本とした国会の裁量権の合理的な行使に委ねられているところである。

3  しかし、公選法の制定又はその改正による選挙区割と議員定数配分の下における選挙人の投票価値に不平等が存し、又は、その後の人口異動により右の不平等が生じている場合、それが憲法に違反するか否かは、右投票価値の不平等が国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右の不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されるものというべきである。

4  以上は、最高裁判所の判例(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、同昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、同昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、同昭和六三年(行ツ)第二四号同年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四頁)の趣旨とするところであり、当裁判所の見解もこれと同旨であって、本件においてこれと別異に解すべき特段の合理的理由は見当らないから、以下これに準拠して本件について判断することとする。

三本件議員定数配分規定の合憲性

1  本件選挙は、昭和六一年改正法による本件議員定数配分規定に基いて施行されたものであるところ、昭和六一年改正法の成立の経緯は、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、概略、被告の主張(一)の第二、二「昭和六一年改正法の成立経過」記載のとおりであることが認められる。そして、それによれば、昭和六一年改正法は、五八年大法廷判決が昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員総選挙当時、昭和五〇年改正法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項の議員定数配分規定の下で存した選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対3.94は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至った旨判断され、ついで六〇年大法廷判決が昭和五八年一二月一八日施行の衆議院議員選挙当時、選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差一対4.40を生ぜしめていた右議員定数配分規定は憲法一四条一項等に違反する旨判断されたことに対応して、国会が昭和五〇年改正法による議員定数配分規定の改正を緊急課題として取組んだ結果、昭和六一年五月二二日第一〇四国会において、前記請求原因4記載のようないわゆる八増七減、境界変更による二人区解消等を骨子とする昭和六一年改正法が成立するに至ったが、右成立までの間種々の困難な情況を経て成立に至ったことが認められる。

2  ところで、右法改正の結果、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差は、改正前の一対5.12(兵庫五区と千葉四区)から一対2.99(長野三区と神奈川四区)に縮小したものである。したがって、前記五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決が、昭和五〇年改正法によって、昭和四五年一〇月実施国勢調査による人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が一対2.92に縮小したこと等を理由として、五一年大法廷判決が違憲と判断した右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正により一応解消されたものと評価し得る旨判示する趣旨に徴すると、本件議員定数配分規定は憲法に反するものとはいえない(前記昭和六三年一〇月二一日最高裁第二小法廷判決参照)。

3  さらに、本件議員定数配分規定の下で平成二年二月一八日施行された本件選挙当時、選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差は一対3.18(宮崎二区と神奈川四区)に拡大しており、右較差数値の示す投票価値の不平等状況は、その数値のみを把えれば、違憲とも判断すべき状態にあるものといえなくもない。

しかし、右不平等は、前示昭和六一年改正法の制定経緯、昭和六一年改正法制定当時の最大較差2.99倍を超えるに至ったのは右神奈川四区のほかは千葉四区(3.079倍、〈証拠〉及び弁論の全趣旨による。)のみであること、右神奈川四区等にみられる較差の拡大は、昭和六一年改正法により、その改正前の議員定数配分規定の投票価値の不平等による違憲状態が一応解消された後で次に予定される国勢調査までの間に施行された本件選挙当時において生じていたものであって、その数値も右改正当時のそれに比し著しく大きいものとはいい難いものであること、また議員定数配分規定の是正にあっては、一定時点における確定人口数を基礎とする必要から、国勢調査の結果をまつこともまた理由がないわけではないこと(公選法別表第一の末尾規定参照)等に徴すときは、国会の裁量権の限界として、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程の著しい不平等状態に達しているとまで断定することはできない。

もっとも、国会に一定の裁量権の幅があるとはいえ、純粋に投票価値の平等の観点からすれば、右最大較差は少くとも一対二を超えないものとすることが、その性質上当然に要求されるものであって、前記のようにその較差が一対3.18にまで至っている現状は、最早放置できない事態であるといわなければならない。したがって、国会が、国権の最高機関として、また立法府の当然の責務として、速やかに議員定数配分について抜本的是正に取り組み、その実現に最善の努力をすることが強く期待されるところである。

4  また、いわゆる逆転現象は、それが選挙区割及び議員定数の配分を決定するについて最も重要かつ基本的な基準である人口数と配分議員数との比率の平等に反するものであるから、単に各選挙区間の議員定数配分の均衡の問題であるに止まらず、選挙権の平等という憲法上の要求に係る問題とみるべきである。したがって、各選挙区間において逆転現象が顕著に生じた場合には、それは個々の選挙人についての投票価値の不平等の問題として、その是正措置が講ぜらるべきものとなり得る。しかし、逆転現象の問題は、議員定数配分規定の改正にあたっての課題として、当然考慮に入れて然るべきものとはいえても、これを人口較差の問題と同列に論ずべきものとまではいえず、また絶えず異動する人口に対応して逆転現象是正のため議員定数配分規定を改正するには、事実上困難なものがあること、前説示のとおり本件議員定数配分規定の下における各選挙区の議員一人当たりの人口(選挙人数)の較差が、未だ国会に許容された裁量権の範囲内のものであること、前示昭和六一年改正法の成立経緯等を総合して判断すると、本件議員定数配分規定の下において、原告主張のような逆転現象が認められるとしても(なお、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件議員定数配分規定の下において、昭和六〇年国勢調査人口(確定値)によると、議員定数が三人で最も人口の多い選挙区である広島一区に対して逆転区は五八区あり、議員定数が四人で最も人口の多い選挙区である神奈川四区に対して逆転区は三七区であること、選挙区単位で全選挙区間に成立する相互関係総数の八三八五通りのうち逆転関係は一〇六八通りであり、その逆転率は12.74パーセントであること、また、本件選挙当日有権者数によると、議員定数が三人で最も人口の多い選挙区である埼玉一区に対して逆転区は五九区あり、議員定数が四人で最も人口の多い選挙区である神奈川四区に対して逆転区は四〇区であること、選挙区単位で全選挙区間に成立する相互関係総数八三八五通りのうち逆転関係は一〇七八通りあり、その逆転率は12.86パーセントであることが認められる。)、また、前記人口(選挙人数)較差を併わせ考慮するとしても、これをもって直ちに右にいう投票価値の不平等が国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程の著しい不平等状態に達しているとまでいうことはできない。

5  なお、原告は、議員定数配分について、そのあるべきとする基準ないし方式を提示し、これに照らして本件議員定数配分規定の不当を指摘するが、原告提示のような基準、方式は、議員定数配分についての抜本的改正の検討にあたって、参考とするに価する一つの案であるといい得るとしても、立法論の域を出るものではなく、これによって本件議員定数配分規定についての前示判断を左右することはできない。

6 以上の次第で、本件議員定数配分規定は、昭和六一年改正法成立当時及び本件選挙当時のいずれにおいても、憲法に違反するものとはいえないから、本件議員定数配分規定の下において施行された本件選挙について、これを違憲、無効であるとすることはできない。

四よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枇杷田泰助 裁判官 塩谷雄 裁判官 原敏雄)

別表〈省略〉

別紙原告の主張

一 合憲性推定の原則の意味

1 法律は、すべての合理的な疑いを超えて憲法に違反することが証明されるまでは合憲と推定される。換言すれば、法律は、すべての合理的な疑いがなく、明白に、憲法に違反する場合に限って、違憲であると説かれているが、これは、明白の原則の承認にほかならないから、この意味において明白の原則は、合憲性推定の原則の論理的な帰結であるとも説かれている。

アメリカ合衆国において違憲審査制が発足した当初から司法の自己抑制の重要な一内容とされたこの合憲性推定の原則は、今世紀に入ってはじめて、その効果が明確にされ出したものである。すなわち、合憲性の推定とは、法律の基礎にある事実問題が立法の合憲性を条件づけるという意味であり、その推定の対象は、法律の基礎にある事実の存在およびその合理性である。したがって、法律を違憲と主張する側においては、法律がそれを支える事実に合理的な基礎をもたないということを証明すべきであり、その論証が果されない場合には、裁判所は憲法問題の実体について考慮を払うことなく事件を処理することができるものとされている。

2 このように、合憲性の推定の意味するところが、法律の基礎にある事実問題が立法の合憲性を条件づけるすなわち法律を制定する場合の基礎を形成し、かつ、その法律の合理性を支える事実が存在することに対する推定であると解されるようになると、立法府の価値判断に合理的な事実の基礎が欠けている場合には、合憲性推定の原則は働かないことになるから、合憲性推定の原則は、合理性の基準に適合していることについての推定を意味することになる。

このようにして、合憲性推定の原則が実際に重要な役割を果すのは、事実問題の領域であるということになり、法律の違憲を主張する側は、その法律を支える社会的、経済的事実に合理性が存在しないことを立証すべきことになる。

二 合憲性の推定と立法事実

1 法秩序は、一般に、立法権を制限する法規範の意味をできるだけ確定することを要求する。しかし、ある法規範が同じ状況の下で解釈主体の異なるのに応じて異なる意味を与えられたり、事実状態に関する異なる評価を前提として異なる意味を与えられたりすることがある。前者の場合には、問題の重点は法的問題にあるから、その法規範の司法審査における論点は立法府による法規範の解釈が正しいかどうかということになるが、後者の場合には、問題の重点は法規範の意味の探求そのものではなく事実の評価にあり、事実の領域において合憲性の推定が重要な作用をなす。この意味において、法律に付着する合憲性の推定とは、立法を支持する事実状態の存在の推定である。したがって、立法府の判断そのものが法的判断である場合には、それが憲法の解釈として正しいという意味における推定は存在しないということを意味することになる。

2 裁判所において法的意味をもつ事実は、判決事実と立法事実の二つに区別され、前者は、係属事件の解決の目的で確定されるべき事実、すなわち直接の当事者に関する事実であり、後者は、それ以外の事実であって、法律を制定する場合の基礎を形成し、それを支えその背景となっている社会的、経済的な一般的事実であると説かれているが、この区別は、伝統的な事実問題と法律問題の区別に対応したものでもある。

3 ところで、立法の合憲性を根拠づけるためには、それが社会的な必要によって要請された立法であるとする以上、それを支える社会的事実を明らかにすることが要求されるから、基本的権利ではあるが、法律によって一定の制約を設けることが憲法上認められているものを規制する立法の合憲性を判断する場合、このような立法は一定の事実状態を前提としてはじめて、合憲性が認められるのであり、そこでは当該規制立法を支える立法事実の精査が必要不可欠となる。

したがって、憲法上原則として制約を設けることを禁止されている基本的権利について、立法府が権利の制限は憲法上認められるとしてある立法を行なった場合、その法律の必要性が極めて重要な問題になる。つまり、そのような法律を制定する必要性の存否、規制の必要性を裏付けるに足りる事実の存否を検討することなしには、健全な憲法判断を下すことはできないから、法律の必要性を支える事実の証拠を精査して合憲性に関する判断を下す必要がある。

4 前述のとおり、立法事実とは立法を支持する事実状態をいうが、それは競合する諸利益の衡量の結果として帰結されるものであるから、必然的に評価を伴うことになる。したがって、立法事実は単なる客観的な事実ではないから、合憲性の推定は、事実の評価を含んだ立法事実の存在についての推定であるとともに、裁判官が諸種の利益と並んで立法府が選択した価値を衡量するに際しての自制であるということもできる。

三 合憲性の推定と合理性の基準

1 違憲審査がアプリオリな法的推論によってではなく、立法事実との関連において行なわれるべきであるとすると、合憲性推定の原則は、立法事実の存在に対する推定であるということができる。したがって、立法府の価値判断に合理的な事実の基礎が欠けている場合には、右の合憲性推定の原則は働かないことになるから、それは、合理性の基準に適合していることについての推定を意味することになる。すなわち、合憲性推定の原則は、当該法律の制定目的の合理性とその目的達成手段の合理性についての推定であり、したがって、合理性の基準を意味するといってよい。

ところで、法律の目的と手段の合理的関連(合理性)は、具体的な事件に含まれる諸種の利益、要素を衡量して具体的に決定されるものであるから、これについて何らかの抽象的な一般原則を帰納することは困難である。

しかし、立法府が必ずしも慎重な事実の認定に基づいて立法権を行使するとは限らないことから、裁判所は、当該法律を支持する立法府の判断に合理性があるかどうかを、司法的確知によって、法律の基礎を形成する事実すなわち立法事実を審査して判断する必要があるが、その際、諸種の利益を衡量した結果、合理的な疑いのある場合には、合憲性推定の原則は排除されることになる。

2 ところで、いわゆる二重の基準論の下では、司法審査の基本的姿勢として、精神的自由の規制立法については、民主主義的多数決に対する信頼が捨てられ、規制を行なう国家の側に当該立法の目的と手段の正当性を支える事実の挙証責任が負わされることになり、さらにその上で、「事前抑制の禁止」、「漠然性の故に無効」、「明白かつ現在の危険」などの厳格な審査基準が適用されるのに対して、経済的自由の規制立法については、合理性の基準が適用されることになるから、当該法律の合憲性について、立法府の判断に合理性があるかどうか、換言すれば、合憲性の推定を排除するに足る合理的な疑いがあるかどうかという観点から審査することになる。

3 しかし、その後、従来の精神的自由権と経済的自由権とをカテゴリカルに区分する二重の基準論は必ずしも適当でないとして、それに代る新たな二重の基準論の樹立が提唱され、現在では、二重の基準は修正され、自由権に関しては三種の基準すなわち厳格な審査基準、厳格な(もしくは加重された)合理性の審査基準、単なる合理性の審査基準の三種類の審査基準を適用することが説かれるようになった。そして、右のような基準の下においては、合理性推定の原則が適用される領域は、右の単なる合理性の審査基準が妥当するもの、すなわち福祉国家的な社会、経済政策実施のための社会経済政策的な規制ということになる。

四 「明白の原則」と合憲性推定の原則

1 違憲審査の指針の一つとして、裁判所が法律を違憲と判断するには、その違憲性が明白である場合に限るとする明白の原則が提唱されており、これはアメリカ合衆国の憲法判例において、司法の自己抑制に関する準則の一つとして確認されたものである。そして、それが提唱された理由は、第一に、法律を違憲無効と宣言することは重大な問題であり、デリケートなことであること、第二に、三権分立の理論に基づいて、立法機関と司法機関はそれぞれ独立して、特別な権能を有するものであるから、これらの機関は、それぞれの機能を果すに適するように組織され、それに適する資格を有するものとして、互いに他の機関とその機能を尊重しなければならず、法律を合憲とすることが立法府に対して払われるべき穏当な尊敬にほかならないことにあるとされている。

しかし、明白の原則がアメリカ合衆国において司法部による法律の違憲審査権の行使に対して、裁判官自身が慣行として発展させてきた司法の自己抑制の一つとして確立されたものであることを認めるとしても、この原則があらゆる憲法事件に画一的に妥当するルールであるとすることはできない。すなわち、この原則は、合理性の基準を別の言葉で表現したものであり、また合憲性の推定は、合理性の基準を意味するものであるから、明白の原則は、法律の基礎にある事実問題が立法の合憲性を条件づけるという意味における合憲性推定の原則と結びついたルールであるということに留意すべきである。つまり、明白の原則が適用される領域では、立法事実の司法審査が重要な役割を果すことになり、したがって、立法府の判断に合理的な事実の基礎が欠けている場合には、合憲性推定の原則は働かず、かつ、明白の原則も排除されることになる。

2 法律が明白に憲法に違反する場合に限って違憲と判断するということが、合憲性推定の原則の論理的帰結である。しかし、合憲性推定の原則は、立法を支える事実状態の存在の推定であるから、明白の原則の適用にあたっては、立法事実論のアプローチによって、立法目的だけではなく立法目的達成の手段が合理的ないし必要最小限度であることを基礎づける事実の精査が要求されることになる。

したがって、法律の適切さ、法律の背後にある公共の利益ないし必要性は、立法府の判断によって最終的に決定される事項であり、その審査は裁判所の職務ではないとしても、立法事実を考察することなくして健全な憲法判断は不可能であるという立場からは、立法目的を支える事実の審査に伴い、それと密接に関連する問題として、立法の必要性を裏づける事実に合理性があるかどうかの論点は、当然に検討の対象となり得るとともに、それはまた、裁判所が職責上、不可避的に処理すべきものであるともいえる。

五 昭和六一年改正法の立法目的

1 昭和六一年改正法の趣旨及び内容の要旨は、前記請求原因4記載のとおりである。

そこで、まず昭和六一年改正法の趣旨に合理性があるかどうか、ついで合理性が認められる場合、その内容が右の趣旨の達成手段として合理性が認められるかどうかが検討されるべきである。けだし、衆議院議員選挙における選挙権について、「ほぼ平等」の達成が可能であるにもかかわらず、これを行わない右法改正は、選挙権の平等に対する法規制を意味するものであるから、その規制の目的及びその目的達成手段の合理性が審査の対象とされるべきだからである。

2 衆議院は、昭和六一年五月二一日、昭和六一年改正法案の可決にあたって、次のような衆議院議員の定数是正に関する決議(以下「昭和六一年改正法附帯決議」という。)を行った。

「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。

今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかにその抜本改正の検討を行うものとする。

抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて、過疎・過密等地域の実情に配慮した定数配分を期するものとする。右決議する。」

ところで、右昭和六一年改正法附帯決議の内容等に鑑みると、昭和六一年改正法の立法目的は、専ら六〇年大法廷判決により違憲と断定された投票価値の不平等をもたらすにいたっていた議員定数配分規定を、抜本改正までの間、緊急かつ暫定的に是正しようとするところにあったことが認められる。

しかしながら、この「緊急暫定的」な是正措置は、実は単なる名目に過ぎないものである。けだし、この四〇年間にわたる衆議院議員定数配分規定の改正をめぐる国会の処理の経緯は、大要次のようなものであって、国会がその都度、自ら公約を破り、国民を欺きつづけたという歴史上の事実に徴すると、昭和六一年改正法が緊急暫定措置に藉口して、再び居直り措置を講じるにすぎないものであることが明らかである。

① 昭和二二年の衆議院議員選挙法の改正(以下「昭和二二年改正法」という。)によって現行の中選挙区単記投票制への復帰がなされ、その際、人口比例の原則に基づく議員定数配分が行われた。

② 昭和二五年、衆議院議員選挙法をはじめ各種の選挙法を一本化して公職選挙法(以下「昭和二五年改正法」という。)が制定され、その本則四条に「衆議院議員の定数は、四百六十六人とする。」、同一三条一項に「衆議院議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数は、別表第一で定める。」とそれぞれ定められ、右別表第一は、衆議院議員選挙法の別表をそのまま継承した上、末尾に「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行なわれた国勢調査の結果によって、更正するのを例とする。」との規定(以下「更正規定」という。)が新設された。なお、右更正規定は、それが継承した昭和二二年改正法の別表が、人口比例原則に基づいて議員定数を配分した結果作成されたものであることから、その人口比例原則に基づく配分を維持するために、人口の変動に応じた更正を人口動態に関する国家的人口統計調査である五年ごとの国勢調査に基づいて行うことを例とする旨規定したものであり、当初から積極的な意味合いを帯びたものであった。

③ 昭和二八年の公選法改正は、奄美群島の復帰に伴い、同地域を定員一名の選挙区とする内容のものであったが、これは、奄美群島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置に関する法律(同年法律第二六七号)により、公選法四条一項の定数は、「別表第一が同法施行後最初に更正されるまでの間、臨時に四百六十七とする。」等とされ、翌二九年に公選法の附則において「別表第一の規定にかかわらず、当分の間、鹿児島県名瀬市及び大島郡の区域を持って一の選挙区とし、その選挙区において選挙すべき議員の数は、一人とする。」、「衆議院議員の定数は、第四条第一項の規定にかかわらず、当分の間、四百六十七人とする。」とされた。

これは、終戦まで同地域は鹿児島県第三区に属していたこと、衆議院議員総選挙が同年四月一九日に行われたばかりであって法案審議当時いまだ議員の任期が三年以上残っていたことなどの事情によるものと思われるが、この暫定措置は、その後更正が行われないため三七年間を経た今日までそのまま放置されている。

④ 昭和三九年の公選法の改正は、議員定数を一九名増員することを骨子として、定員三ないし五人の中選挙区制を維持しながら行う是正であったが、ここでも本則に触れることなく、附則において、「別表第一の規定にかかわらず、当分の間、次の表の上欄に掲げる選挙区は、それぞれ当該下欄に掲げる選挙区に分割し、当該選挙区において選挙すべき議員の数は、それぞれ当該下欄に掲げる数とする。」、「別表第一の規定にかかわらず、当分の間、次の表の上欄に掲げる選挙区において選挙すべき議員の数は、それぞれ当該下欄に掲げる数とする。」、「衆議院議員の定数は、第四条第一項の規定にかかわらず、当分の間、四百八十六人とする。」とされた。なお、右改正にあたって、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会では、「既に多くの人口と議員定数のアンバランスを生じている。よって政府は、次期国勢調査の結果に基づき、更に合理的改定を検討すべきである。」との附帯決議がなされ本会議に報告されたが、右附帯決議は、この改正が昭和三五年の国勢調査人口を基準にしていたため、すでに法案の審議の段階において明らかになっていた不合理、すなわち昭和二二年改正法が示し、かつ昭和二五年改正法に継承された人口比例原則からの乖離という事態を是認することになる後ろめたさを、その翌年には新たな国勢調査が行われることなどの事情に触れることによって糊塗したものである。

⑤ 昭和四五年の公選法改正は、沖縄の本邦復帰に伴って、沖縄県を全県一区とする五人区を創設したものであるが、これは附則による処理ではなく、本則の改正という手法によった。すなわち、本則四条を「衆議院議員の定数は、四百七十一人とする。」と変更したほか、別表第一の鹿児島県第三区の後に「上欄に沖縄県、下欄に五人」との文言を追加した。

⑥ 昭和五〇年改正法は、議員定数を二〇名増員することを骨子として、定員三ないし五人の中選挙区制を維持しながら行う是正であったが、ここでも本則に触れることなく、附則において、前記昭和三九年の公選法の改正において用いられたものと同一の手法により、また、議員定数の点については、「衆議院議員の定数は、第四条第一項の規定にかかわらず、当分の間、五百十一人とする。」とされた。

右①ないし⑥のうち、いわゆる定数是正の目的の下に行われたものは、①昭和三九年改正法及び⑥昭和五〇年改正法の各改正であるが、これらはいずれも暫定措置とされながら、その実、本来の更正すなわちいわゆる抜本是正を免れる常套手段とされてきたことは明らかである。

3 ところで、昭和六一年改正法は、その立法の動機こそ従前の暫定措置と異なるところがあるとはいえ、例えば限時立法である旨を明記するなどしてそれが真に一時的な措置であることを保障することもなく、かつ、その手伝において過去の「更正」逃れの暫定措置と何ら異なるところもない。しかも前記昭和六一年改正法附帯決議において国民に公約した昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表が行われた昭和六一年一一月一〇日後における第一〇五回国会以降今日までの間、そのいうところの「抜本是正」が実現されていない事実に徴すれば、昭和六一年改正法が、その手段及び措置において、立法目的である緊急暫定性とは実質的に関連しないものであって、その合理性を認めることができないものであることは明らかである。

六 昭和六一年改正法の立法目的達成の手段

仮に、昭和六一年改正法の立法目的に合理性が認められるとしても、さらに、その内容において右立法目的を達成する手段としての実質的な関連性もしくは合理性が認められるかどうかを検討する必要がある。

1 議員一人当たり人口の較差

選挙区別議員一人当たり人口の分布状態を分析して選挙区の分布状態と人口較差との関連を検討するために選挙区別議員一人当たり人口(有権者数)の指数(以下「人口指数」という。)を用いて作成したのが別紙〈表2―1―①〉ないし〈表2―1―⑧〉であるが、これを別紙〈表1〉記載の①ないし⑧の時系列に沿って照合した結果認められる特徴的事項は、大要次のとおりである(なお、ここで「基準人口(有権者数)」は、全国の人口(有権者数)を議員定数で除した数値をいい、「議院支配率」は、総選挙で選出される議員の過半数を選挙するに必要な最少人口数(有権者数)の全国百分率をいい、「人口指数」は、選挙区ごとにその人口(有権者数)を配分議員数で除した当該選挙区の議員一人当たり人口(有権者数)をさらに基本人口(有権者数)で除したうえ一〇〇倍して得られる数値をいう。なお、〈表1〉の⑥及び⑧に「昭和六〇年国勢調査」とあるは、同国勢調査人口の速報値である。)。

① 昭和二二年改正法(〈表2―1―①〉)最大較差1.51倍、標準偏差7.92パーセント、議院支配率47.00パーセントであり、いわば第一級の適正配分と評することができる。

② 昭和四七年総選挙(〈表2―1―②〉)五一年大法廷判決により違憲と断定された配分であるが、最大較差4.99倍、標準偏差39.99パーセント、議院支配率36.66パーセントであり、この最大較差だけで違憲判断が可能とされたものと解される。

③ 昭和五〇年改正法(〈表2―1―③前〉及び〈表2―1―③後〉)改正前は、これに直近する昭和五四年国勢調査の結果によると最大較差4.48倍、標準偏差38.26パーセント、議院支配率37.10パーセントであったが、法改正後は、最大較差2.92倍、標準偏差27.81パーセント、議院支配率38.90パーセントになった。

④ 昭和五五年総選挙(〈表2―1―④〉)五八年大法廷判決により違憲状態にあると判断された配分であるが、最大較差3.95倍、標準偏差34.06パーセント、議院支配率37.62パーセントである。

⑤ 昭和五八年総選挙(〈表2―1―⑤〉)六〇年大法廷判決により違憲と断定された配分であるが、最大較差4.41倍、標準偏差36.22パーセント、議院支配率37.11パーセントであり、この最大較差だけで違憲判断が可能とされたものと解される。

⑥ 昭和六一年改正法(〈表2―1―⑥前〉及び〈表2―1―⑥後〉)本件議員定数配分規定に関するものであるが、改正前の配分状態は、最大較差5.12倍、標準偏差40.33パーセント、議院支配率35.93パーセントに達していたが、改正後は、最大較差2.99倍、標準偏差32.93パーセント、議院支配率37.33パーセントになった。

⑦ 平成二年総選挙(〈表2―1―⑦〉)本件選挙に関するものであるが、最大較差3.18倍、標準偏差34.02パーセント、議院支配率37.02パーセントである。

⑧ 原告案(〈表2―1―⑧〉)昭和六一年改正法成立前に公表した配分案であるが、最大較差1.33倍、標準偏差6.41パーセント、議院支配率47.60パーセントである。

2 逆転関係

逆転関係の検証は、議院定数配分の適正度を測るうえで重要なことであるから、昭和六一年改正法及び本件選挙における逆転関係の質と量を把握することが必要であるところ、別紙〈表1〉と別紙〈表3―1―①〉ないし〈表3―1―④〉とを照合した結果認められる逆転関係の具体的内容は、大要次のとおりである(なお、ここで「逆転率」は、選挙区(都道府県)相互間の対応関係総数に占める逆転関係数の百分率をいう。また、総数一三〇区の選挙区相互間には合計八三八五通りの関係を生じる。)。

① 昭和二二年改正法(〈表3―1―①〉)選挙区単位で逆転関係数一七、逆転率0.25パーセントの逆転関係が認められるにすぎない(なお、都道府県単位では皆無である。)。

② 昭和六一年改正法(〈表3―1―②前〉ないし〈表3―1―②後〉)本件議員定数配分規定に関するものであるが、改正前の配分状態における逆転関係は、選挙区単位で逆転関係数一四〇八、逆転率16.79パーセント(都道府県単位で逆転率4.81パーセント)に達していたが、改正後は、選挙区単位で逆転関係数一〇六八(内訳、三人区との関係で五〇五、四人区との関係で五六三)、逆転率12.74パーセント(都道府県単位で逆転率4.26パーセント)に減っていることが認められる。

③ 平成二年総選挙(〈表3―1―③〉)本件選挙に関するものであるが、逆転関係は、選挙区単位で逆転関係数一〇七八、逆転率12.86パーセント(都道府県単位で逆転率4.16パーセント)であることが認められる。

④ 原告案(〈表3―1―④〉)この配分によると、選挙区、都道府県のいずれにおいても、逆転関係は全く認められない。

3 ヒストグラムに見る議員定数配分の変遷

別紙〈表2―1―①〉ないし〈表2―1―⑧〉等によるデータを用いて、人口指数を横軸に、選挙区(都道府県)数を縦軸にそれぞれ表示したヒストグラムを別紙〈表1〉記載の①ないし⑧の時系列に沿って作成したのが別紙〈図1―①〉ないし〈図1―⑧〉であるが、これを右〈表1〉と照合した結果認められる特徴的事項は、大要次のとおりである(なお、同図の「人口指数」の一クラスの目盛は一〇刻みになっており、たとえば一〇〇クラスは九五から一〇五までを示す。また、一〇〇クラスの部分に濃い着色を付したが、その外側の薄い着色部分は「標準偏差」域を示すものである。)。

① 昭和二二年改正法(〈図1―①〉)この選挙区分布は、議員が人口にほぼ正確に比例して配分され、良好な状態にあることを示している。人口指数一〇〇のクラスに高い頂上(選挙区総数一一七のうち五〇)を持ち、同八〇から一二〇までの五クラス内に姿よく収まる高山型の選挙区分布となっているからである。〈表1〉が示す最大較差が1.51倍、標準偏差が平均値の7.92パーセントという数値を首肯させるものといえる。

② 昭和四七年総選挙(〈図1―②〉)この選挙区分布は、最大較差が4.99に達し、標準偏差が四〇パーセントに届こうというものであるが、何より特徴的なのは、人口(有権者)指数五〇から二六〇までの二二クラスが生じたうえ、その形状を見ると、頂上が人口指数一〇〇のクラスから七〇のクラスに移動してしまっている点(同一〇〇には選挙区総数一二四のうち一四のみ)にある。

③ 昭和五〇年改正法(〈図1―③前〉及び〈図1―③後〉)

この改訂は、選挙区分布の改良効果が不十分である。このことは、最大較差が4.84倍から2.92倍になったものの、標準偏差は38.26パーセントから27.81パーセントにしか減らず、選挙区分布の形状は、頂上が改訂前と同様に人口指数七〇のクラスにとどまり(同一〇〇のクラスでは、選挙区総数一二四のうち一三であったものを一三〇のうち一二に減じてさえいる。)、クラスの幅が同六〇から一六〇までの一一クラスに拡張していることを認容してしまっているからである。「人口指数」一〇〇のクラスが谷間になるという最悪の状態の固定化が始まっているといえる。ちなみに、選挙区分布の形状は、昭和二二年改正法におけるように、頂上を人口指数一〇〇のクラスに持ち、裾野の広がりを示す人口指数の幅が狭いほど、かつ山型が切り立つほど、人口比例原則に適うものといえる。

④ 昭和五五年総選挙(〈図1―④〉)及び⑤昭和五八年総選挙(〈図1―⑤〉)の両選挙区分布の形状は、後者が前者に比してさらに悪形とはいえるが、大同小異と評すべきものである。

⑥ 昭和六一年改正法(〈図1―⑥前〉及び〈図1―⑥後〉)

この改訂の是正効果は、選挙区分布の幅をわずかに縮小したにすぎない。すなわち、人口指数五〇から二四〇までの二〇クラスに広がっていた状態を同六〇から一八〇までの一三クラスに狭めたにすぎず、人口指数一〇〇のクラスにある選挙区数は、その総数一三〇のうち一二にまで減少し、頂上が同八〇のクラス、次峯が同七〇のクラスにあり(その両クラスで、選挙区数は四九に達している。)、かえって人口指数の幅寄せ分だけ同一〇〇のクラスの谷が深くなったともいえる。

⑦ 平成二年総選挙(〈図1―⑦〉)この選挙区分布の形状は、右⑥と対比してさらに悪形であることを確認することができる。なお、最高裁判所によって憲法抵触を指摘された②昭和四七年総選挙(〈図1―②〉)、④昭和五五年総選挙(〈図1―④〉)及び⑤昭和五八年総選挙(〈図1―⑤〉)を一グループとしてとらえた場合、それと⑥昭和六一年改正法改正後(〈図1―⑥後〉)ないし⑦平成二年総選挙(〈図1―⑦〉)との各間に合憲、違憲を分かつ著変を右の各図表から見出すことができず、また、〈表1〉が示す各種データ相互間にそれを見出すこともできない。

⑧ 原告案(〈図1―⑧〉)この選挙区分布は、昭和二二年改正法の手法を用いた改訂の結果である。所与の人口分布における最適配分の一つであるということができ、昭和二二年改正法に勝るとも劣らぬ好形状、好係数を示している。

七 過疎地区優遇論の当否

現代の代表制民主政治は、一人一票の原則と多数決原理を大前提としている。したがって投票の価値の平等を憲法上の要請として承認する立場に立つ限り、代表は論理必然的に人口に比例するものでなければならない。けだし、そこに非人口的要素を加味することを許すならば、たとえその立論が選挙制度の目標とされる公正かつ効果的な代表の確保という美衣を纏ったとしても、それはマイノリティ擁護論を議員定数配分の問題に導入することになり、右の大前提に背くことになる。マイノリティの擁護が、現代大衆民主社会において重要な政治課題であることには異論がないけれども、国民にその代表を分配する場合において、過度のマイノリティ擁護論を用いることには疑問がある。実際政治における諸々の配慮は、これをマジョリティの過小代表すなわち人口比例原則からの乖離の正当化に役立てることはできないものというべきである。

いわゆる定数是正に対する反対論の主なものは「過疎地を優遇せよ」というものであるが、法の下の平等とは、選挙権についても住む場所によって差があってはならないということであるから、過疎地の代表が大都市の代表より多くなければならないというのは通用しにくい議論である。また、国会議員が地域代表であることをそのような形で認めると、全国民を代表する選挙された議員という憲法の規定からみても疑問である。

したがって、合理的な基準により過疎地区を優遇したことが主張立証されない以上、昭和六一年改正法は、合理的な理由なく一部の国民(有権者)を差別するものということができるから、右過疎地区優遇論はその主張の根拠を欠き失当というべきである。

八 基準人口ごとに一人の議員が割当てられるべきであるというのが平等選挙の基本原則であるから、具体的な人口分布を前提とする公正な議員定数配分こそが問題であるところ、「人口較差三倍未満」という立法基準は専断恣意的であって、議員定数配分の改訂について合理性を担保しえないものであることは、これまでの検討によって明らかである。したがって、昭和六一年改正法の内容は、その立法目的を達成する手段としての実質的な関連性も合理性も認めることはできないから、昭和六一年改正法は立法事実を欠いているものというべきである。

別紙 図表〈省略〉

別紙被告の主張(一)

第一 議員定数配分に際しての国会の裁量性

一 憲法上保障される選挙権の平等

憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条ただし書の各規定からすると、憲法が選挙権の平等を保障していることは明らかである。そして、最高裁判所の各判決(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁(以下「五一年大法廷判決」という。)、同昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁(以下「五八年大法廷判決」という。)、同昭和六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁(以下「六〇年大法廷判決」という。)、同昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四頁(以下「六三年第二小法廷判決」という。)によれば、各選挙人の投票価値の平等もまた憲法の要求するところであると解されている。

しかしながら、このことは、憲法上、異なる選挙区間における投票価値が形式的な平等を欠く状態とすれば、直ちに違憲として許容されないということを意味するものではなく、議員定数配分規定が国会の裁量権の合理的な行使として是認し得るものであれば、憲法の許容するものとして、合憲と評価されるべきであることは当然である。

二 衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数配分に関する国会の裁量について

1 議会制民主主義の下においては、選挙によって選ばれた代表を通じて国民の利害や意見が国政の運営に反映されるべきものであるから、選挙制度は、一方において、国民の多様な利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることが要請されるが、他方、政治における安定も要請されていることから、国民の代表たる議員の定数配分の決定は、単なる数字上の操作だけでは解決できない高度の政治的、技術的要素を多く含むこととなる。したがって、議会制民主主義の下における選挙制度は、相互に矛盾する特質を持つ右のような要請を考慮しながら、究極において国民にとっての総合的な利益を実現するべく、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきである。そして、国民代表の的確な選任という要請を満たす選挙制度の設定は、現代のような多元的社会においては、国民の政治的意思が、様々な思想的・世界観的対立、多種多様の利益集団の対立、都市部対農村部の対立等を通じて複雑かつ多様な形で現れるため、極めて多種多方面にわたる配慮を必要とするのである。さらに、政党政治の発達に伴い、政党が現実に果していると評される国民意思の媒介等の機能も国民代表の観念を考える場合には無視し難い状況にあるものといえる。他方、対外的には世界情勢の流動化や複雑化、国内的には福祉国家体制の進展に伴い、国家の社会、経済の各分野への積極的関与の度合いが高まり、政治の効率的な運営のために政局の安定も強く要請されている。

このように、選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効果的な反映等国民代表の的確な選任、政局の安定という諸要請を、それぞれの国の政治状況に照らし、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に、全体的、総合的見地から考察し、適切に調整した上で決定されるべきものである。その意味では、各国を通じ普遍的に妥当する一定の選挙制度の形態が存在するものではない。

2 憲法は、以上のような理由から、国会両議院の議員の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を、原則として国会の裁量にゆだねている。したがって、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則とし、国会が政党に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解される。

したがって、衆議院議員の定数配分の均衡の問題は、代表民主制下における選挙制度の在り方を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきものであり、憲法の要請する平等原則も、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において、前述の選挙制度の目的に照らし、通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているか否かの問題であって、もともと客観的基準になじまず、また、これが存しない分野である。

3 このような意味から、我が国では衆議院議員の選挙について、いわゆる中選挙区単記投票制が採用されているが、この場合において、具体的にどのように選挙区を区分し、そのそれぞれに配分すべき議員数を決定するについては、異なる選挙区間の投票価値の平等を憲法が要求していると解する以上、各選挙区間の選挙人数又は人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるのであるが、それ以外にも、国会が正当に考慮し得る要素は少なくないはずである。五一年大法廷判決も、国会において実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素について、「殊に、都道府県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果してきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分するにあたっては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、前述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つであることを失わない。」と判示し、衆議院議員の選挙に関する選挙区割や議員定数配分の決定は、極めて多種多様、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれているとして、国会に広範な立法裁量権を認めている(なお、六三年第二小法廷判決もほぼ同趣旨を判示している。)。

そして、国会が具体的に決定した議員定数配分規定が、その裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかを裁判所が判断するに当たっては、事柄の性質上、特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点から、たやすくその決定の適否を判断すべきものでないことはいうまでもない。

4 以上から明らかなとおり、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る前述のような諸要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときに限り、右のような不平等は、国会の合理的裁量を超えているものと判断すべきものである。

第二 本件議員定数配分規定の合憲性

一 昭和六一年改正法と合憲性について

本件選挙が依拠した本件議員定数配分規定は、前述のとおり、昭和六一年改正法により改正されたものである。それによれば、昭和六〇年国勢調査人口(速報値)に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差(以下「定数較差」という。)は、最大一(長野三区)対2.99(神奈川四区)であり、本件選挙時の選挙人名簿登録者数(選挙人数)に基づく較差(以下「選挙人数比」ともいう。)は、最大一(宮崎二区)対3.18(神奈川四区)であった。

被告は、本項において、昭和六一年改正法による改正当時はもちろんのこと、本件選挙当時においても右定数較差が示す選挙区間における投票価値の不平等の程度が、前述のような国会の裁量権の性質に照らすならば、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているとはいえないことを主張する。

二 昭和六一年改正法の成立経過

1 昭和六一年の公選法改正に先立つ昭和五〇年法律第六三号による公選法改正により、昭和四五年実施の国勢調査人口による定数較差は最大一(東京七区)対2.92(兵庫五区)であったが、その後の人口異動により、較差は拡大していった。すなわち、昭和五〇年実施の国勢調査人口による定数較差は、最大一(兵庫五区)対3.72(千葉四区)となり、昭和五五年実施の国勢調査人口による定数較差は、最大一(兵庫五区)対4.54(千葉四区)となり、さらに、昭和五八年一二月一八日施行の総選挙時の選挙人数比は、最大一(兵庫五区)対4.40(千葉四区)となっていた。

2 このような衆議院議員の各選挙区間の定数不均衡状態に対し、各政党においても、その是正は緊急かつ重要な課題であるとして、その検討に取り組んだ。しかし、定数是正問題は、選挙制度の根幹にかかわるものであり、また、改正に伴う影響も大きなものがあること等から、成案をとりまとめるまでに日時を要したものの、その検討の結果を踏まえて、第一〇二回国会において、自民党及び野党四党(社会党、公明党、民社党、社民連)からそれぞれ定数是正法案が提出された。右両法案は、いずれも議員定数五一一人を変更せず、較差を三倍以内にするため、定数較差の著しい選挙区について、その是正を行うとするものであり、右両法案の相違点は二人区の取扱いにあった。

右両法案は、昭和六〇年六月二四日、衆議院本会議において、それぞれ提案者から趣旨説明が行われ、各党から質議が行われるとともに、衆議院公職選挙法案改正に関する調査特別委員会(以下「調査特別委員会」という。)において提案理由説明が行われたが、会期との関係もあり、継続審議されることとなった。

3 ところで、最高裁判所は、まず、五八年大法廷判決で、昭和五五年施行の総選挙における定数較差の最大値が千葉四区と兵庫五区の間の3.94倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、「本件選挙当時の右投票価値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていた」と判示した(ただし、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと断定することは困難であるとして、違憲とはしなかった。)。続いて、第一〇二回国会終了後間もない昭和六〇年七月一七日の大法廷判決で、昭和五八年施行の総選挙における定数較差の最大値が千葉四区と兵庫五区の間の4.40倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、選挙の効力は事情判決により無効とされなかったものの、「本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたものというべきであ」り、「憲法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったものと評価せざるを得」ず、「本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違憲と断定するほかはない。」と判示し、さらに補足意見として、現行定数配分規定を是正しないまま、選挙が執行された場合には選挙の効力を否定せざるを得ないこともあり得るし、当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは選挙無効の効果は一定期間経過後に発生するという内容の判決もできないものではないとする意見が付されるなど厳しい見解が示され、その結果、定数是正は、一層急務な問題となってきた。

4 その後、調査特別委員会では、昭和六〇年七月から八月にかけて減員対象区に委員を派遣して関係者から意見を聴取し、また、増員区の関係者を参考人として招き、意見を聴取するなどした。

昭和六〇年一〇月一四日に召集された第一〇三回国会では、定数是正問題が重要課題の一つとされ、各党の代表質問や予算委員会における質問でも取り上げられ、その後、前述の両法案の審議は調査特別委員会で行われた。同委員会では、右両法案についていろいろな角度から論議がなされたが、最大の論点は二人区をめぐるものであり、これについての与野党の意見は平行線をたどり、容易に歩み寄りが期待できない状況となったことから、与野党国会対策委員長会談や幹事長・書記長会談も行われたが、合意を得るに至らなかった。そのため、衆議院議長は、同年一二月一九日次のような議長見解を示した。

「一、会期もあとわずかになった現在、定数是正法案の審議が、委員会およびそれぞれの機関の精力的な協議にもかかわらず未だに決着をみていないことは、誠に遺憾である。

二、そもそも最高裁の判決があった以上、立法府として違憲状態を一日も早く解消すべき重大な責任を負っていることは申すまでもない。議長として、もとより衆議院の代表者としてその責任を痛感している。

三、しかし、現在のところ現実には残りの会期中に決着をつけることは不可能である。従って、あくまでも立法府の責任を果たすため、昭和六十年度国勢調査の速報値に基づき、来たる通常国会において、次の原則に基づき、速やかに成立を期するものとする。

① 現行の議員総数(五百十一名)は変更しないものとすること。

② 選挙区間議員一人当り人口の較差は一対三以内とすること。

③ 小選挙区制はとらないものとすること。

④ 昭和六十年国勢調査の確定値が公表された段階において、速報値に基づく定数是正措置の見直しをし、さらに抜本的改正を図ることとする。

四、これに対する立法府の決意表明の措置を講ずる。なお、選挙区制の問題についてこれまでの与野党間の議論をふまえて、各党が合意を得られるよう努力を願います。」

これを受けて、調査特別委員会は、翌二〇日次期国会で早急に定数是正を実現すべき旨の決議を行い、同日の衆議院本会議において、

「衆議院議員の現行選挙区別定数配分規定については、最高裁判所において違憲と判断され、その早急な是正が強く求められている。

本件は、民主政治の基本にかかる問題であり、立法府としてその責任の重大性を深く認識しているところである。

本院は、前国会以来、定数是正法案について精力的に審査を進めてきたが、諸般の事情により、いまだその議了を見るに至っていない。

本問題の重要性と緊急性にかんがみ、次期国会において速やかに選挙区別定数是正の実現を期するものとする。

右決議する。」

との決議がなされ、翌二一日第一〇三回国会は閉会し、両法案とも審議未了廃案となり、定数是正問題は、次の通常国会に持ち越された。

5 第一〇四回国会は、昭和六〇年一二月二四日に召集されたが、同日、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口が発表され、定数較差の最大値が千葉四区と兵庫五区間の5.12倍となることが明らかとなった。このような状況の中で、第一〇四回国会においては、前国会での衆議院議長見解や本会議の決議を受けて、定数是正は速やかに解決すべき最大の課題とされた。本会議の代表質問や予算委員会における審議においても、定数是正問題は大きな焦点とされ、二人区問題などについて論議が展開された。

昭和六一年二月一二日、与野党国会対策委員長会談が開かれ、実務者レベルの協議を進めることとなり、それを受けて自民党、社会党、公明党、民社党及び社民連の国会対策副委員長で構成する定数是正問題協議会が設置され、前国会における議長見解を踏まえ、第一〇四回国会において是正を行うことを前提として各党間の協議が進められた。右協議の経緯を踏まえ、同年四月一四日、次のような同協議会座長見解が出された。

「一、議長見解を踏まえ、今国会で実現する。

二、今回の定数是正は、附則改正で行う。

三、是正対象選挙区は、一〇増一〇減の選挙区以外に拡大しない。

四、確定値で変動する可能性のある微差の選挙区は是正を見送る。

五、減員区のうち現行定数四名の選挙区は一名減員して三人区とする。

六、その他の減員区については、今国会に会期、関係者等の意見を踏まえ、合分区、境界線変更等により調整し、二人区の解消に努め、抜本改正においては、二人区を作らない。

七、有権者と立候補者の立場を尊重して、一定の周知期間をおく。」

この見解をもとに、同年四月一五日から二三日にかけて四回の与野党国会対策委員長会談が開かれ、更に、四月二六日から三〇日にかけて三回の幹事長・書記長会談が開かれ、二人区の解消の方法や、周知期間の問題などで、各党間の協議が進められた。そして、これらの協議を踏まえて四月三〇日衆議院議長にその報告が行われ、具体的な二人区の解消の方法や周知期間の問題などの最終的な決着は議長にゆだねられることとなった。

定数是正問題の調停をゆだねられた衆議院議長は、更に各党から意見の聴取を行った上、五月八日、次のような議長調停を示した。

「(1) 今回の定数是正に際し、二人区の解消に努める旨の与野党間の合意の趣旨を尊重し、それを実現するため各党の主張を勘案した結果、減員によって二人区とする選挙区のうち和歌山二区、愛媛三区及び大分二区については、隣接区との境界変更により二人区を解消することとする。

(2) この場合、減員は七選挙区となり、総定数を変えないときは、増員は七選挙区となるべきところであるが、今回の定数是正の中心課題である較差三対一以内に縮小しなければならない要請にこたえるため今回は特に八選挙区において増員を行うこともやむを得ないものと考える。

しかしながら、抜本改正の際には、二人区の解消とともに総定数の見直しを必ず行うものとする。

(3) 本法の施行に際しては、有権者の立場を尊重して周知期間を置くとの与野党の合意を踏まえ、特に、この法律は、公布の日から起算して三十日に当たる日以後に公示される総選挙から施行するものとする。

(4) 以上のほか従来の与野党ですでに合意した点を含め各党間で協議を進め早急に所管委員会で立法措置を行うため審議に入るものとする。」

この議長調停が出されたことにより、これをもとに法案化の作業が行われた。昭和六一年改正法のもととなる公選法の一部を改正する法律案は、議長調停を受けての法律案であることにもかんがみ、五月一六日、調査特別委員会において委員会提出の法律案とすることが決せられ、五月二一日、衆議院本会議において、提案者の三原朝雄調査特別委員長から趣旨説明がなされ、賛成多数により可決された。

また、右本会議において、今回の是正は、当面の暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって抜本改正の検討を行うものであるとして、昭和六一年改正法附帯決議がなされた。

参議院においては、国会最終日の五月二二日、選挙制度に関する特別委員会において提案者からの法律案の提案理由説明及び各党からの質疑が行われた後、賛成多数で可決され、さらに同夜開催された本会議において、賛成多数で可決され、ここに昭和六一年改正法が成立し、懸案の定数是正の実現をみたのである。

三 昭和六一年改正法制定当時における本件議員定数配分規定の合憲性

1 本件議員定数配分規定は、前項で述べたとおりの経緯の下に制定された昭和六一年改正法により、従前の定数配分規定が是正されたものである。右経緯から明らかなとおり、右改正法は、国会が、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決によって、最高裁判所から、昭和五〇年法律第六三号による公選法改正(以下「昭和五〇年改正法」という。)による議員定数配分規定の下で昭和五五年及び同五八年にそれぞれ施行された衆議院議員総選挙がいずれも選挙区間に存した投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたと指摘されたことを深刻に受けとめ、立法府として、最高裁判所から違憲と指摘された定数配分規定を早急に是正すべき必要性を十分に認識し、種々検討を重ね、しかも、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口を基に当面の暫定措置として制定されたことからも明らかなとおり、定数是正の早急な実現という要請に速やかに対応するために、最大限の努力を重ねた結果制定されたものである。

これらのことは、本件定数是正措置を決定するに当たっての国会の裁量性を判断する場合に、十分にしんしゃくされるべきであると思料する。

2 また、本件の定数是正に当たっては、前述の立法経緯から明らかなとおり、定数較差については、それを三倍以内とするとの方針が終始採られていたのである。その結果、右改正法では昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口における定数較差の最大値が2.99倍となったのであるが、これは、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決が、いずれも、昭和五〇年改正により、定数較差の最大値が4.83倍から2.92倍に縮小したことについて、右改正前の投票価値の不平等状態は、右改正によって一応解消されたものと評価することができる旨の判断を示したことを踏まえたものであった。

すなわち、五八年大法廷判決は、「昭和五〇年改正法による改正後の議員定数配分規定の下においては、(中略)、直近の同四五年一〇月実施の国勢調査に基づく、選挙区間における議員一人当りの人口の較差が最大一対4.83から一対2.92に縮小することとなったものであり、(中略)、右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正によって一応解消されたものとして評価することができる。」と判示しており、また、六〇年大法廷判決も、「昭和五〇年改正法による改正の結果、従前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、一応解消されたものと評価することができるというべきである。」と判示しているところである。右各大法廷判決はいずれも、昭和五〇年改正により、投票価値の不平等状態が一応解消された、すなわち、違憲状態でなくなったことを前提とした上で、当該各選挙施行時においては違憲状態であったとして、なされるべき定数是正について、憲法上要求される合理的期間が経過していたか否かの検討に移っているのであり、その中で、昭和五〇年改正法の公布の日(同年七月一五日)以後のある時点において、定数較差の拡大による投票価値の不平等状態が憲法の選挙権の平等の要求に反する状態に達していたと推認しているのである。

このように、右各大法廷判決は、少なくとも昭和五〇年改正における定数較差(最大2.92倍)は違憲でない旨を明確に判示しているのである。

また、昭和六一年改正法の目的が、専ら大法廷判決によって違憲状態とされた定数較差の是正を図るものであったことは前述の経緯から明らかであるが、前述のとおり、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定については、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存するわけではない。また、定数較差の許容基準についても客観的具体的基準が存するわけではないのであるから、国会が、最高裁判所から昭和五五年及び昭和五八年にそれぞれ施行された総選挙について定数較差の状態が違憲状態にあると指摘され、そのために、違憲状態の解消を目的とした定数是正を早急に実現するに際し、前記各大法廷判決が違憲でないとした昭和五〇年改正における定数較差を最大の目安とし、それを定数是正を行う上での方針としたことには、十分合理性があるというべきである。

3 そして、昭和六一年改正法における定数較差について六三年第二小法廷判決が「昭和六一年改正法による議員定数配分規定の改正によって、昭和六〇年国勢調査の要計表(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対2.99となり、本件選挙当時において選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は最大一対2.92であったのであるから、前記昭和五八年大法廷判決及び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結果、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対2.92に縮小することとなったこと等を理由として、前記昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により一応解消されたものと評価できる旨判示する趣旨に徴して、本件議員定数配分規定が憲法に反するものとはいえないことは明らかというべきである。」と判示しており、前項記載のごとき国会の採用した定数較差の目安及び方針を含めて、その合憲性が確認されているところである。

四 本件選挙当時における本件議員定数配分規定の合憲性

右のとおり、本件議員定数配分規定については、その改正当時において合憲であることが明白であるが、さらに、本件選挙当時においても違憲状態にはなかったことは次の点からも明らかである。

本件選挙当時選挙人名簿登録者数(選挙人数)に基づく較差は最大一(宮崎二区)対3.18(神奈川四区)であったことは先に述べたとおりである。

ところで、国会において本件議員定数配分規定の改正が審議された際の定数較差の目安については、前述のとおり、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決の判断を踏まえて一対三の範囲に収めるという方針が立てられたものであって、一対3.18という較差の数値は、この改正法審議の過程で目安とされた一対三という範囲と対比してみても、著しくかけ離れた数値であるとまではいえないのであって、違憲状態にあったという評価を加えるべきではない。

また、本件選挙は、昭和六一年改正法の公布の日(昭和六一年五月二三日)から起算すればほぼ三年九か月後であり、右のような選挙区間における投票価値の較差の拡大は、漸次的に生じた人口の異動を原因とするものであることは、疑いないところであるが、公選法の性格からして具体的に実施される選挙の時点を離れて、その選挙の適否を論じ得ないところであろう。そして選挙実施時点における定数較差の数値を改正当時に目安とされた定数較差の数値と比較して、ある程度の拡大ないし縮小といった偏差が生じるのはやむを得ない状況であるということができるから、本件選挙当時における本件議員定数配分規定は、改正法自体の合憲性が肯定され、かつ改正当時における定数較差に近似する数値である限りにおいて、合憲性の評価の範囲内にあるものというべきものである。したがって、本件選挙当時における前記のごとき0.18(最大較差3.18と3.00の差)の較差の拡大は昭和六一年改正法に対する合憲性の評価の範囲内にあるものと評価されるべきものということができる。

五 結論

以上のとおり、本件議員定数配分規定については、昭和六一年改正当時はもちろんのこと、本件選挙当時においてもまた、前記各大法廷判決が示した基準である「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達している」とは到底認められないのであり、したがって、本件選挙が無効とされる理由は全くないことは明らかである。

別紙被告の主張(二)

第一 本件議員定数配分規定の合憲性

一 定数較差のとらえ方について

前記「被告の主張(一)」の第二、二及び三で述べたとおり、国会において本件議員定数配分規定の改正が審議された際の定数較差の目安については、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決の判断を踏まえて、最大で一対三の範囲に収めるという方針が立てられたものである。

ところで、定数較差のとらえ方については、大別して、①選挙区間の議員一人当たりの選挙人数又は人口の最大値と最小値の比率による方法、②全国の選挙人総数又は総人口を総議員数で除して得られる議員一人当たりの全国平均選挙人数又は人口と各選挙区の議員一人当たりの選挙人数又は人口の比率による方法がある。

最高裁判所の定数較差のとらえ方については、五一年大法廷判決、五八年大法廷判決、六〇年大法廷判決及び六三年第二小法廷判決によれば、いずれも①の方法によっていることが明らかである。そして、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決は、①の方法で算定される昭和五〇年の公選法の改正における定数較差(最大2.92倍)の数値を用いて、議員定数配分規定が違憲でない旨を明確に判示しているのである。さらに、国会が、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決の趣旨を受け、右各判決において示された①の方法によって、その較差を三倍以内とするとの方針の下に、昭和六一年改正法を成立せしめたこと及びその合理性については、前記「被告の主張(一)」の第二で詳述したとおりである。

そもそも、定数較差のとらえ方に関する①と②は、問題とされる時点における定数較差を数値的に表現する際の差であって、算定方法こそ違うものの、手法それ自体としてはそれぞれ合理性を有するものである。かような関係からすれば、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決において①のとらえ方によって定数較差の数値が示され、かつ、その較差が合憲であるとの判断を受けた場合には、その較差の数値によって示される種々の定数較差の状態については、包括的に合憲性の判断がなされたものとみるべきである。したがって、少なくとも定数較差が憲法の許容する範囲のものであるか否かが問題とされる場面においては、①の手法により憲法に適合する定数較差の数値が示された場合には、その内部に存在する可能性のある各種の偏差の組み合わせについて、さらに②など他の手法によっても定数較差が一定の範囲に収まっていることまでは、合憲性を判断するに当たって要求されるものではないというべきである。

したがって、国会が、本件議員定数配分規定の改正において、①の手法により定数較差をとらえたことには合理性があり、かつ、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決によって示された定数較差をもとに、最大較差一対三という目安で実施した昭和六一年改正法における本件議員定数配分規定の合憲性は明白である。

二 本件選挙当時における定数較差の合憲性

五八年大法廷判決は、定数較差につき、①の方法で算出された昭和五〇年改正法における定数較差(最大2.92倍)について、議員定数配分規定が違憲でない旨を明確に判示している。

ところで、昭和五〇年改正法が公布された昭和五〇年七月一五日時点における客観的な人口数を前提にした場合に、較差がどの程度に達していたのかを考えてみると、議員一人当たりの人口較差は、ほぼ一対3.72(兵庫五区対千葉四区)に達していたものと推測するのが合理的であったものということができる。けだし、昭和五〇年改正法が公布された直後の昭和五〇年一〇月実施の国勢調査によれば、議員一人当たりの人口較差は一対3.72に及んでいたのであるから、同年七月において、ほぼ同じ程度の較差が生じていたことは容易に推測できるものである。

そうすると、五八年大法廷判決は、改正法の合憲性を判断するに当たり、改正法公布の五年前に調査した結果を基礎にして、議員一人当たりの人口較差が、一対2.92に達していたことを合憲であるとしているが、客観的な人口を基礎にしてみると、議員一人当たりの人口較差がほぼ一対3.72に及んでいた事態を前提として合憲であると判断したものと理解することができる。しかも、右の客観的な人口の較差は、判決裁判所に提出された争いない主張事実を前提として十分に推測が可能であったということができるものである。

以上のように、五八年大法廷判決は、少なくとも、定数較差が一対3.72に及ぶことが当然に予測される状況を前提として、改正当時である昭和五〇年七月一五日における昭和五〇年改正法の合憲性について判断し、これを合憲であるとしたのであるから、本件における議員定数配分規定の合憲性を判断する場合にあっても、かような五八年大法廷判決の趣旨を十分にしんしゃくすべきは当然である。

これを本件選挙時の選挙人名簿登録者数(選挙人数)に基づく較差についてみると、前記のとおり一対3.18であって、一対三の較差を超えるものではあるが、昭和五〇年改正法の公布当時に予想されたような、一対三をかなり上回る較差の程度には到底至っていないものであることが明白であり、一対3.18の較差は国会の合理的な裁量権の行使の範囲内の較差として憲法の許容するところというべきである。

第二 いわゆる逆転現象について

一 本件選挙の基礎となった本件議員定数配分規定には、いわゆる逆転現象、すなわち、人口の多い選挙区の方が人口の少ない選挙区より配分議員数が少ない状態が生じていることは事実である。

二 原告らは、定数較差の違憲性を主張するとともに、右の逆転現象をとらえて、そのこと自体が本件議員定数配分規定についての違憲性を招来する旨主張しているものである。

しかし、逆転現象の問題は、直接的には各選挙区間の配分議員定数の均衡の問題であり、少なくとも個々の選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題とは解されない。

仮に、逆転現象が選挙人の投票価値の不平等の合理性の問題に関連し得るとしても、逆転現象は、選挙区の人口と議員数を実数で比較して論ずるものであるから、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差を他の観点からみたものにすぎず、この点を独自にとりたてて論ずべきものとは解されない。結局、投票価値の比較の尺度は、議員一人当たりの選挙人数に帰するべきものである。

また、仮に、逆転現象が投票価値の比較における一つの尺度と成り得るものであるとしても前記「被告の主張(一)」の第一、二で述べたとおり、当該定数較差については、結局、国会の具体的決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはなく、それはまた、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底認められない程度に達しているとされる場合に、初めて国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきものである。そして、本件議員定数配分規定については、選挙人の投票価値の不平等がいまだ一般的に合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているものとは認められないものであるから、昭和六一年改正法立法時及び本件選挙時において生じていた逆転現象は、国会の立法裁量権の合理的な行使として是認されるのが相当である。

三 そして、本件議員定数配分規定によって生じる逆転現象については、六三年第二小法廷判決が、「本件選挙(被告注・昭和六一年七月六日施行の衆議院議員総選挙)においては、その当時の右議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差及び逆転現象が示す選挙区間の投票価値の不平等が存するものというべきであるが、その不平等は、右昭和六一年改正法の成立に至るまでの経緯に照らせば、選挙人数又は人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達している、とまではいうことができない。」と判断し、その合憲性を確認しているところである。

四 以上のとおり、本件議員定数配分規定については、その改正時及び本件選挙時において逆転現象が存在していたとしても、いまだ憲法の許容しない程度に達していないことが明白であるから、これを基礎とした本件選挙についてもまた無効とされるべき理由は全くないというべきである。

別紙被告の主張(三)

一 原告は、昭和六一年改正法が、昭和五〇年法律第六三号による改正後の公選法の衆議院議員定数配分規定の違憲性について判示した六〇年大法廷判決を受けて、国会として右違憲状態を早期に解消するための緊急暫定的な是正措置であって、昭和六一年改正法成立後に遅滞なく抜本的に定数是正をすべきことが前提とされていたものであるが、将来の抜本的改正を保障するてだてが施されることもなく、また昭和六一年改正法の公布後、三年九か月もの間、抜本的な改正が全くなされていない状況であって、このような立法内容は緊急暫定的な是正措置という立法目的と実質的な関連性を欠く改正法というべきで、国会による抜本是正を免れるための常套手段にすぎないとして、昭和六一年改正法の立法目的自体が合理性を欠くものである旨主張するが、右主張は、次の理由から失当である。

第一に、原告が昭和六一年改正法の公布後、国会が抜本的な定数是正をしなかったことを理由に、当初の改正法自体の違憲性を主張するものであるとすれば、立法の合憲性判断の要素の中に当該立法後の事情を取り込むことになって、失当であることはいうをまたない。のみならず合憲性判断の諸要素が、国の政治状況に従い、多種多様、複雑微妙な政策的技術的考慮の下に、全体的総合的見地から考察して、適切に調整すべきものであるとされ、かつ原則として国会に広範な裁量権が認められるようなものである場合には、これを立法時に考慮することは困難であり、それにもかかわらずこれを考慮しようとすれば、立法の合憲性判断が著しく不確定な将来の事情に係らしめられることとなるため、法的安定性を著しく害することとなり到底採用し得ない。

第二に、昭和六一年改正法が制定された動機が、六〇年大法廷判決による違憲判断を受けて、違憲状態が存すると指摘された定数較差を早期に是正することにあったことは、原告の主張するとおりである。ただ、国会が議員定数配分規定について、より抜本的な是正に取り組むべきことに配慮しつつも、もし抜本的是正措置に及ぶとすれば、国会においてあわゆる角度から十分な審議を必要とし、成案に至るまでには相応な日時を必要とするため、必ずしも完全に妥当な内容の改正といい得るか否かについては議論の余地が存するかもしれないとしても、とりあえず最高裁判所によって違憲と判断された公選法の規定について、憲法適合性を確保するべく、五八年大法廷判決及び六〇年大法廷判決中の定数較差についての判示からうかがわれる合憲性の判断要素を検討した結果として昭和六一年改正法を成立させたものである。

ところで、すでに、被告の主張(一)の第一、二において詳論したとおり、議員定数配分については、国民の多種多様な利害や違憲の公正かつ効率的な反映を図るとともに、政局の安定の要請をも充足すべく、国の政治状況に従い、多種多様、複雑微妙な政策的技術的考慮の下に、全体的総合的見地から考察して、適切に調整すべきものであることから、原則として国会に広範な裁量権があるものとされる。したがって、形式的には、ある程度の定数較差が存在する場合であっても、そのことのみで常に国会に与えられた裁量権の範囲を超えているものと断ずることはできないのであって、右裁量権の範囲内にあるものとして許容される場合が原則であるのは当然といえよう。さきに触れた抜本的是正の問題の性格は、ただ単に国会が議員定数配分について、法的に裁量権を逸脱した立法を憲法に適合するように是正することではなく、さらに進んで適切妥当な配分規定の制定を積極的に検討することであって、このことは、国会が広範な裁量権を有するところに由来するものである。右の趣旨は、昭和六一年改正法案を議決するに際しての衆議院の附帯決議からも明白であり、また、六三年第二小法廷判決も「もっとも、本件議員定数配分規定が違憲とまではいえないことと、右配分規定による議員定数の配分が国会の裁量権の合理的行使として適切妥当であるかどうかとは別問題であることはいうまでもなく、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまって速やかに議員定数配分規定の抜本的改正の検討を行う旨の前記衆議院決議も、その見地に立ってされたものと理解される。」と判示しているところである。

そうとすれば、昭和六一年改正法制定における、国会の審議の過程において、将来の抜本的是正を予定しているからといって、その抜本的改正の性格は、国会の合理的裁量の範囲内における適切、妥当な検討をすることにあるのであるから、改正法自体が違憲であるとか、合理性を欠くものと断ずることができないのは当然である。

以上のように、昭和六一年改正法は、最高裁判所の違憲判決を契機として立法されたものではあるが、あくまでも国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているとまではいうことができないものとして成立しているものであり、その立法内容の当不当ないし妥当性いかんをもって右改正法の合憲性を問題とすることは正当でない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例